2月22日土曜日。
今日も晴天で朝日がとても眩しく、気温は1度。
なんだか日本が騒がしいようで、起きて早々、母からビデオ通話(ハングアウト)がかかってきた。日本では全国的にポツポツとコロナ感染者が現れ始め、マスクや消毒液、トイレットペーパーの奪い合いや高額転売などの醜い事態がまだまだ続き、韓国では宗教集会などを中心にコロナ感染者が急増し、アメリカではインフルエンザ(というが多分コロナ)が猛威を振るい、また、影響はほぼないと言われていたヨーロッパの方でザワザワし始めた頃だ。外務省と在ロシア大使館からのお知らせメールをとっていたので、そこから届く情報によると、中国人以外の多国籍者のロシア入国制限は行われないとのことだし、感染者も確認されておらず、入国の際にがっちり振り分け隔離するとの話を聞いていたので、引き続き滞在を続行することにした。それでなくても、まだ来たばかりだ。
旅の準備から前日19日、ロシアへいきた~い!の巻は、←こちら。
2月20日、『レーニンを見に行きた~い!の巻』は←こちら。
2月21日、『ガガーリンとライカに会いた〜い!の巻』は←こちら。
朝8時半ごろにホテルを出発。今日はトレチャコフ美術館の本館へ行くのだ。そこにはソビエト以前のロシアの作家の絵画や彫刻が山ほど展示してある、絶対に外せない場所の一つだ。オープンにはまだ早いので、歩いて赤の広場へ行き、少し休憩。どうやら今日から三連休のようで、マースレニッツアの屋台や催し物も、今日から始まるらしい。楽しみだ。無人の二階建てメリーゴーランドなどを写真に収めたりしてから、また動き出し、モスクワ川にかかる橋を渡り、そこからさらに歩いて、トレチャコフ美術館本館にやってきた。入館料は500ルーブル。
2コマ目。
アルヒーポフ、お客さん。
シーシキン、松林の朝。
ヴルーベリ、倒されたデーモン。
4コマ目。
ネステロフ、少年ヴォルフォロメイの幻視。
はじめ、赤と白の、いかにもな美術館的建物にたどり着いたので、てっきりそれが入り口だと思ったら、どうやらその並びにある、可愛らしい装飾の民家のようなところが正式な入り口だった。なるほど、入館者を見守るように、パーヴェル・トレチャコフの銅像が立っている。
(初見で美術館の入り口っぽいけど、美術館の入り口ではないところ)
ここは19世期に存在した富豪のトレチャコフ兄弟が収集した18世期から19世期の膨大な数のロシア作家の作品を展示するために、自宅を解放したのが始まりの美術館で、彼らの死後は国営化し、今の形になっているという。入口の愛らしいファザードは、昨日訪れたヴァスネツォフの家美術館の、ヴァスネツォフがデザインしたものだ。入口からすでに所蔵作品である。ちなみに、赤と白の建物は別館で、映画などを上映するホールになっているらしい。
入口から階段を降りると、チケット売り場やクローク、お土産屋などがならぶロビーへ出た。営業開始したばかりの時間帯で、団体観光客がいないせいか、人はまばら。売店で、外国の観光地の書店やキオスクによくある、各国語に訳された写真ガイドブックがあったので、見学する前に購入することに。600ルーブル。数年前まで、この手の本は胡散臭そうで嫌煙しがちだったが、実際買ってみると、綺麗な写真やわりと細かい解説もあり、後々見返すとなかなか面白いので、見つけるとなるべく購入するようにしている。
(マリャーヴィン、旋風。)
ロビーから続く長い階段を上がり、チケット確認を済まし、展示室へ入ると、まずはじめに、巨大な赤い絵が飛び込んできた。フィリップ・マリャーヴィンの作品、”旋風“である。2011年にベネチアの美術館で初めて彼の絵を見て以来、えらく気に入り、彼の作品をもう一度見たいと思っていた。思えば、帝政時代とソビエト時代のイラストレーション意外のロシアの絵画に関心を持ったきっかけとなった出会いだったかもしれない。彼は民族衣装姿の田舎の女性たちを多く描いており、特徴として、赤を貴重にした華やかな民族衣装と、飾り気のないごく普通の女性たちを、やや大袈裟に、画面からはみ出すが如く躍動感たっぷりに描くのだ。宗教や貴族たちのために描かれた、打算的な雰囲気のある西洋絵画とはちがった、ありのままで野性味あふれる世界である。
(ベルスキー、暗算。この絵も人気。しかし額にガラスが嵌め込んであるから、反射してよけいうまく写真が撮れない。)
小さな家のような入り口だが、館内はとても広い。展示室内は、多くの美術館のように、作家や時代、ジャンルごとに分けてあるが、特に、作品のテーマごとに並べてあるようだ。有名な作家のものはだいたい固まっており、なおかつ、作家ごとに得意とするテーマがあるため、それだけでも統一されたコーナーが出来上がるのだが、それぞれの作品をつなげるように、家族が描かれた作品のコーナー、貧しい人々が描かれた作品のコーナーなど、多くの作家たちの軌跡が間をとるが、ここでもひと工夫あり、広い田舎のリビングを描いた作品の周辺には、女性が針仕事をする絵や、子供が本を読む絵などが散りばめられ、無機質なもののはずの絵や彫刻から、声が聞こえるような空気感がある。それから、子供や老人を描いた絵が多いなと思った。
(スリコフ、モロゾヴァ婦人)
特にヴァシリー・スリコフの代表作「モロゾヴァ婦人」(日本人にはモロゾフ婦人と言った方が馴染みがあるかも)は、超巨大なキャンバスの周辺を包囲するかのように、たくさんのスケッチが展示されていて、見るものを飽きさせない展示になっており、また、物語の絵を得意とするミハイル・ヴルーベリのコーナーは、とても大きくとってあり、グランドピアノが鎮座する天井の高いホールを使って、大きく長い作品を中心に多数展示してあった。
(ヴルーベリ、幻の女王。)
そのほか、緑あふれる自然の作品を多く残し、とくにチョコレートの包み紙にもなっている、森で遊ぶ可愛い熊の絵で有名なイヴァン・シーシキン。貧しい人々を描き続けたヴァシリー・ペロフ。彼の作品で最も有名なのは、ドフトエフスキーの肖像画だろう。自分自身と家族、そして女性たちの愛情に溢れた明るい作品を多く残した、ジナイダ・セレブリアコワ。海や船の絵ばかり描いていたイヴァン・アイバゾフスキー。中東や日本を含めたアジア諸国を回り、人々や風景の記憶を精密な筆で残したヴァシリー・ヴェレシチャギン、黒ずくめの娼婦が馬車から見下ろすイヴァン・クラムスコイの名作も我が家であるトレチャコフ美術館の赤や緑壁紙の上に鎮座していた。
ロシアとソビエトの絵画の特徴は、あらゆる身分の人々の、ありのままの姿を描いてあることだと思う。辛いことも、楽しいことも、とても正直な気持ちで描かいたのだろうというのがうかがえる。写真や日記のように、正しく記録しておこうと思っていたのかもしれない。帝政ロシア時代はともかく、ソビエトの時代など、いろいろと厳しかったであろうと思うのだが、プロパガンダ的なものでも、それまでと変わらず、とても自然な人間の姿が描かれているものが多いので、たぶん、ロシアという国で存在できる作家の条件として、こういった飾らないものを自然に描写できるという暗黙の何かがあるのかもしれない。
書き忘れたが、今日の昼は、展示品を2割ほど見たところで、地下のカフェテリアで昼食を取った。きのこのピロシキとチキンスープ、色々な赤い野菜が入ったサラダと、オレンジジュースでお腹がいっぱい。店から出ると、見学者の数が増え始めていた。どこの国でも昼頃から人が集まり始めるのだな。
それから存分に見学し、15時過ぎまで館内にいたと思う。どうせなら閉館まで粘ろうかと思ったが、流石に疲れてきた。とりあえず美術館を出て地下鉄の駅へ向かうことに。朝きたときには気づかなかったが、美術館からすぐ南東にある、小さな公園に、さまざまな絵画を模したとてもユニークな噴水オブジェがあった。トレチャコフ美術館の150周年を記念して作られた公園らしい。とても落ち着いたところで、周囲にカフェもあり休憩するにもちょうどよく、暗くなるとライトアップもするそうなので、トレチャコフ美術館本館とぜひセットで訪れてほしい。
さて、地下鉄2番緑線のノヴォクズネツカヤ駅に来たが、このままホテルに帰るのもつまらないので、今朝見たマースレニッツァのお祭りを見に、北に1駅のキタイ=ゴロドで降りることにした。今朝メリーゴーランドを見たマネージュ広場に出ると、たくさんの人と出し物で、とても穏やかで華やかなお祭りが始まっていた。
マースレニッツァは、ロシア、ウクライナ、ベラルーシなどで行われている、冬を送り、春を迎えるための、東スラブの宗教とキリスト教が癒合したお祭りだ。正教会のイースターの日から決まった週を、逆算して出した1週間がまるまるマースレニッツァのお祭りになるため、毎年2月末から3月上旬あたりが該当するのだが、2020年は2月24日から3月1日までだったので、ちょうど今回の旅と重なったわけだ。今日は22日なのだが、ここマネージュ広場と赤の広場、そしてザリャジエ公園などでは数日前から祭りのような雰囲気がはじまっていた。
特に賑わっていたのが、赤の広場に隣接するマネージュ広場で、食べ物の屋台や、お土産の屋台、アイススケートリンク、動物ふれあいコーナーのほか、それぞれの民族衣装を着た人々による、工芸体験コーナー、コサックの整列訓練の体験、鍛冶屋やスラブの精霊達のパフォーマンスのほか、なかなかお目にかかれないような伝統的な催し事も、あちこちで行われていた。
うろうろしていると、ちょうど民族衣装姿の中年女性のコーラスが始まった。美しい歌声にみんなウットリニコニコ。
それから、ふと思い出して、マネージュ広場を離れ、先日お参りした教会とグム百貨店の間から始まるニコリスカヤ通りを歩くことにした。通りの端から端まで、雪のようにきらめくアーチの飾りを抜けると、その建物が見えてきた。通りの出口の北に大きなデパートが見える。おもちゃと子供用品専門の巨大デパートだ。児童向けのイラストレーターをしていることもあって、ロシアの子供達には一体どんなものが受け入れられているのかが知りたかったのと、イヴァン・ビリビンの絵のステンドグラスがあることと、画材屋を見てきたかったのだ。
イベントの他に、館内では、つねに職人達の確かな腕を堪能できる、たくさんの展示物を楽しめるようになっていた。レゴでできたモスクワの有名な建物を集めたジオラマや、等身大であろう大きさのガガーリンととライカのレゴ。動物やマーベルヒーロー達のリアルなスタチューに、人気アニメ、マーシャと熊のマーシャの大きな像。ロシアの御伽噺を集合させた、アイシングクッキー(?)の大作も素晴らしかった。
ロンドンへ行ったときに、日本にも進出している、世界的に有名なおもちゃデパートハムリーズへも寄ってみたが、そこよりももっと規模が大きい。のちにモスクワ内のハムリーズへも行って来たので、こんどその話もちょこっとできたらなと思う。
その他、色々なコーナーを見て、5時半ごろにデパートを出た。しかしまだ外はとても明るい。北国のモスクワだが、以外にも日が落ちるのが遅いようで、7時ごろにようやく暗くなったくらいだ。ちなみに朝日が出て、あたりが明るくなるのも早かった気がする。東京とあまり変わりはないかも。
(おもちゃデパートの近くにある古いデパート。2016年のモスクワ旅行の際に観光バスから見かけて気になっていたのだ。モザイク画は、トレチャコフ美術館で見て来た、ウルーベリの幻の女王の絵であった。)
デパートから南東に歩き、6番オレンジ線のキタイ=ゴロド駅からプロスペクト・ミーラ駅へ帰ることにした。駅に向かう途中の通りは、赤やオレンジ色に淡く光るアーチがいくつも続いていた。
次回、5日目。
へ、つづく。
旅の準備から前日19日、ロシアへいきた~い!の巻は、←こちら。
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