2021年3月11日木曜日

2020年モスクワ旅行記(7日目)。バーバ・ヤガーとドッペルゲンガーがでた~!?の巻。

 2月25日(火曜日)。

 気温は1度、今日はプーシキン美術館へ出かける。昨日夜に雨が降ったため、念のためにタイツとスノーブーツを履いてホテルを出た。


旅の準備から前日19日、ロシアへいきた~い!の巻

2月20日、『レーニンを見に行きた~い!の巻

2月21日、『ガガーリンとライカに会いた〜い!の巻

2月22日、『トレチャコフ美術館へ行きた~い!の巻

2月23日、『おとぎ話の世界にきちゃった~?!の巻

2月24日、『サーカスと人形劇をみた~い!の巻


 地下鉄へ向かう途中、突然、正面から声をかけられた。声の主は、今時なかなか見ないような、くの字に腰の曲がった、身長150センチも無いくらいなたいへん小柄なおばあさんで、しっかり巻かれたプラトークからはチョロチョロと白髪が見え、しわくちゃな口をモゴモゴと動かし、時折片手で頭をポンポンと叩きながら、なにかわたしに話しかけているのだ。これはいったい何事だろう?まさか誰かと私を間違えているのではないか?。あまりの唐突なことに、唖然としているうちに、おばあさんは、私に向かって別れの挨拶をするように軽く手を上げ、私が来た道へ去っていった。振り向いておばあさんの姿を目で探すが、どこにも見当たらない。


 ロシア在住の人の話を読んでいると、軽装で歩いていると、突然見知らぬオバサンに話しかけられ、手袋をしろだとか、帽子をかぶれだとか、小言を言われることがあるらしい。帽子も手袋もかぶっていなかったので、ひょっとしたら、それに引っかかったのかもしれないが、いずれにせよ摩訶不思議な出来事だった。もしかしたら、あの人は魔女バーバ・ヤガーのような存在だったのかもしれない、と、考えてみると、ますますロシアにいるという気持ちが強まってきた。



 今日はプーシキン美術館本館と、その隣の現代美術館館を訪問する予定だ。チケットは共通で800ルーブル。



 プーシキン美術館は、エルミタージュ美術館に次いで世界第二位の所蔵数を誇る美術館で、13世紀から現代までの西洋絵画や彫刻のほかに、イコン、古代エジプト、ローマ、ギリシャ、メソポタミアなどの考古学資料も多数ある。名前にプーシキンは、もちろん、ロシアを代表する作家のプーシキンからとられているそうだ。


 そんなプーシキンと名がついているが、両館とも、レンブラントやなどのヨーロッパ美術をメインに扱っている場所で、ロシア人的なチョイスなのか、キリスト教関係をはじめとし多くの絵画の中にも、謎の生活感を感じるものばかりだ。エルミタージュ美術館へ行った際にも、絵画の中にも生活が感じ取れるようなものが多数展示されており、この可愛らしさは女性である女王様が集めたものだからかな、と思っていたが、今までモスクワで見てきた数々の美術品を交えながら振り返ると、もしかしたら、国民的な感性がそれらを選んでいるのかもしれないと思った。



(男性が写真を撮っている絵は・・・・)

(こちら。マルタン・ドロランというフランスの画家の作品。窓に紙を貼りつけて絵を描いている女性は、同じく画家でもある娘さんかな?。可愛い絵なので、私も写真撮った。)





 本館にはローマ、ギリシャ、メソポタミア、エジプトなどの考古学資料も多数展示していおり、やはりこちらも内装と展示の仕方が素晴らしい。



 とくにエジプトの部屋は、大理石色の乳白色と、黄色、そしてアクアブルーの配色が上品で、どの展示品も大事そうに置かれている。
モスクワに来る1ヶ月ちょっと前に、エジプトのカイロ考古学博物館にいたのだが、建物自体の老朽化もあってか、物置小屋のような雰囲気があった。近々オープンする新しい博物館に移動する予定だというが、少し残念な気持ちになってしまっていたので、改めてモスクワで雰囲気の良い場所で見れてホッとした。(しかし、カイロには館内をパトロールしている猫が数匹みれたので良しと)。次回、カイロの新しい博物館へ行けるのはいつになるだろうか。




 続いてギャラリー館へ。こちらはあまり広くはないが、落ち着いた家庭的な雰囲気の館内で、マティス、ピカソ、ゴッホ、モネ、ドガ、ゴーギャン、ルドン、カンディンスキーなどの19世紀から20世紀の近代作家の絵や彫刻が所狭しと展示されている。なんでもこちらだけでもオルセー美術館に次ぐ規模だとか。



 入り口を入ってすぐ、長い階段があり、そこを上り切ったところにフェルナン・レジェの祭壇のようなコーナーがある。その階段を登ろうとすると、私の20歩ほど前に、小柄で、首からカメラを下げた、センスの良い明るい色のファッションの女性がいた。本館でも彼女を見かけたので、私と同じルートで楽しんでいるのだろう。そう広くはない踊り場の展示場、数歩先にたどり着いた彼女は、私に気づいてくれていたのか、お互い少し作品を見た後、ジェスチャーと笑顔で写真の順番を譲り合った。トレチャコフ美術館新館でのちょっとした挨拶といい、こういったさりげないやりとりは、気持ちが軽くなってとても嬉しい。


 そうかと思うと、展示室内では、背の高い痩せたおかっぱ頭の若い東洋人女性が、ものすごい機敏な動きとスピードで、絵画の写真を撮り歩いているのが少し怖かったり、気に入った絵の前にいちいち孫を立たせて写真をとっているお爺さんがいたり。人との距離も狭いだけに、他人の行動も目立ったその辺りでも面白かった。




 正直、印象派美術自体、日本ではフランス系の特定の作家やイメージを持ち上げている印象が強すぎて、私個人的に作家による好き嫌いが激しく、ジャンルとしてそんなに好みではなかったので、あまり期待はしていなかったのだが、この美術館が鑑賞するのに程よい狭さと落ち着きもあってか、存分に楽しめた。

 印象派というのは高級なものではなく、家の台所やリビングの様な、家族の集まる様な場所に飾って、なごやかに楽しむのが一番良い楽しみ方なのだろうな、と思った。





 お次は、プーシキン美術館から、大通りを挟んで正面にある、イリヤ・グラズノフ美術館という、作家個人宅を改造した美術館へ行ってみた。Googleマップの情報では、内装が良いと、しかも私の好きなリシンの飾りや絵などもあるということで入ってみた。なるほど、なかなか面白い。イリヤ・グラズノフ自体、日本では無名かと思われる作家だが、ソ連時代に風景、演劇、挿絵、肖像画、その他多方面で活躍した画家だという。なかなかパンチのある絵が多く飾られているが、申し訳ないが、やはり装飾に目がいく。ここでも大好きなシリンとアルコノストやらの飾りなどを写真にコレクションしてくることができたので満足か。



 ホテルに戻る前に、マースレニツァで必ず食べられる、ロシアのパンケーキ“ブリヌイ”をたべるために、またお祭りテントへ向かうことにした。




 赤の広場のそばに、複数の駅を結ぶターミナル的な駅ビルの様なショッピングモールがあり、外へ出ようと、モール内のエスカレーターを上がっていると、すぐ隣にある階段を、1人の女性が急ぎ足で駆け上がってきて、私の隣につき、声をかけてきたのだ。彼女はとても真剣な表情でロシア語で何やら私に話をしている。それだけでも驚いてしまうのだが、不思議なことに、その人は私によく似ていたのだ。違うのは眉間の肉の厚みと目の色か、なんということだ。生まれてから一度も自分と似た人を見たことがなかったこともあり、あまりの衝撃に疲れが吹き飛んでしまった。


 流石にちょっと困ってしまい、英語で日本人だと伝えると、彼女は驚いた顔で、英語で自分はカザフスタン人だと言い、申し訳なさそうな顔で謝り、エスカレーターの下へ戻っていった。彼女の降りていった先を見ると、同じカザフスタンの若者達だろうか?、数人の中東と東洋の混ざったような顔立ちの男女が困ったような顔で話し合っていた。どうしたのだろうか。


 その後、ロシア大使館からのメールでわかったのだが、カザフスタンがロックダウンするということで、その件で彼女達に困ったことがあったのかもしれない。私が日常会話ができる程度にでもロシア語がわかったら、なにかできたかもと思ったが、わかったところでどうしようもできないので、どっちみち断って正解だっただろう。


 余談だが、母と年に一度、海外旅行をしていて、その中で訪れたイスタンブール、敦煌、ウルムチで、現地の店員さんなどが私たちを見て、ウズベキスタンから来たの?とかいったり、現地の言葉で話しかけてきたりするのが不思議だった。そんなことがあったあとは、顔が何々スタン系の人に近いのかもしれないね、みたいな話で締めくくるのだが、自分たちから見ると、そうそう似た感じはないなという気がしていた。

 母が岩手県の阿弖流爲がいたと言われるあたりの出身なのだが、もしかしたら中央アジアから北へ向かって日本に来たなどのルーツがあるのでは、と、一族全員DNA検査でもしてもらいたくなる気になるのだ。


 もう一つ余談だが、自分の弟が小学生の頃に太っていたのだが、メキシコシティへ行ったときに、小学生の頃の弟がタイムマシンに乗って現れたのかと思ったほど、そっくりな男の子達がたくさんいたのだ。これには度肝を抜かれた。今はすっかり痩せて太っていた頃の面影はないのだが、顔が濃いせいか、よく東南アジアや中東系の人から日本語ではない言葉で話しかけられるらしい。本人はシャイなので、何度遭遇しても初めは戸惑ってしまう様だが、すぐに打ち解けて仲良くなってしまうという話もなかなか面白い。

 

(平日なので人が少ない)


 と、余計な話が長くなってしまったが、カザフスタンの女性のことが気にかかったままだったが、おとなしくお祭り会場でブリヌイを食べることにして、練乳のかかったブリヌイとホットベリージュースを注文。ブリヌイはパンケーキの一種だが、薄く焼いたものなのでクレープに近い。このタイプの薄いパンケーキはうちでもよく作るので、新しいものを食べた感じは全くないのだが、日本で言う月見団子やお萩のような、伝統行事とふせていただくことに参加したのは、良い経験ではなかろうか。




 イートインコーナーで隣にいた、90代くらいの杖をついた愛想のいいお婆さんから何か話しかけられながら味わっていると、母からTV電話がかかってきた。お祭りの様子を見せるとなんだか拍子抜けしたように、呑気だね、とか、平和だね、とか、楽しそうだね、とか。そんな様子を見てすこしホッとしたようだ。


 先日イタリアでクラスターが出た話が煽られて、日本では毎日、ワイドショーがセンセーショナルな話ばかりしていてうんざりしているらしい。母も3月上旬から沖縄旅行へ行く予定だったので、コロナのせいで諦めざるをえないのが許せないと。せめてもと、スマホを持ち、TV電話でマースレニッツァの様子を見せて歩いた。わけのわからないウイルス騒動が早く治まりますようにと、願うばかりなのである。


次回、8日目。

『旅先でも仕事ができちゃった~!?の巻』

 へ、つづく。


旅の準備から前日19日、ロシアへいきた~い!の巻

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