2021年3月9日火曜日

2020年モスクワ旅行記(6日目)。サーカスと人形劇をみた~い!の巻。

  2月24日(月曜日)。6日目。

 今日は待ちに待ったサーカスと人形劇の日なのだ。再びモスクワへ来たら、このふたつは必ず見てこようと決めていたのだ。どこの国でもなのだが、だいたい月曜日は美術館やら博物館やらがお休みだ。なので、月曜日に見にいくことに決めたのだ。


旅の準備から前日19日、ロシアへいきた~い!の巻

2月20日、『レーニンを見に行きた~い!の巻

2月21日、『ガガーリンとライカに会いた〜い!の巻

2月22日、『トレチャコフ美術館へ行きた~い!の巻

2月23日、『おとぎ話の世界にきちゃった~?!の巻


 私が子供の頃、小学校低学年くらいまで、年に1度か2度、家族でサーカスを観に行っていた。キグレだとかボリショイだとか。私はサーカスが大好きで、幼稚園の頃の将来の夢は、サーカスのライオン使いになることだった。しかし、それでは兄にバカにされると思い、幼稚園の自己紹介カードの将来の夢を書く欄には、ぶなんな感じに、“ケーキやさん”と嘘を書き、その代わり、卒園アルバムの表紙には、たくさんのライオンと遊ぶ絵を描いたことがある。人形劇も同じように、物心つく前からテレビや劇場などで親しんでおり、いつも楽しみにしていた。人形遊びは大の苦手だっだったが、プロが演じさせる人形の演技には夢中になるのであった。


 そんな思い出ありきだが、とくにサーカスはだいぶご無沙汰だったりする。それこそ最後に見たのは10歳になる前だったかもしれない。人形劇も最後に劇場で見たのはもっと小さい頃だったかも。とにかく、好きだったけれども、舞台で見る機会を逃していたものを、サーカスも人形劇も、国を挙げて大事に育成してきたロシアのモスクワで、数10年ぶりに楽しもうじゃぁないか、という特別な日なのです。


 時刻は昼の13時、気温は4度で太陽が眩しい。まず先にニクーリン・サーカスへ向かう。このサーカス団は、1880年にアルバート・サラモンスキー氏によって創設され、1996年に長年サーカスに勤めた道化師のユーリ・ニクーリン氏の名前を取って、ニクーリン・サーカスと新しく名付けられたそうだ。ちなみに、現在はニクーリン氏の息子が指揮を取っているという。


 サーカス劇場のすぐそばにも地下鉄の駅などがあるが、今回の旅の最初のホテルの最寄り駅からは乗り換えが必要になる。ならばと、そのサーカス劇場と人形劇場の両方へ歩いてもいける場所をと思い、ホテルを選んだのであるが、もう少し赤の広場に近い場所でも良かったかも、と、歩きながら思ったりもした。しかし、予定の27日分の宿としての予算内で、かつ、希望する条件が揃い、ちょうどきれいに収まったのだから仕方がない。

 



 連休最後の日のせいか、サーカスへ向かう通りは、飲食店やショッピングモールなどもあり、たくさんの人が行き交っている。道路のちょうど中心の南北にのびる広い遊歩道があったので、そこを通って行くことにした。こちらでもマースレニッツァのキラキラした太陽の飾りなどがあって、寂しげな冬の遊歩道を温かくいろどり、やがて道がひらけると円形の広場になり、ピエロなどの彫刻と噴水が登場し、右を向くとニクーリン・サーカスの専用劇場が現れた。会場時間も近いため、たくさんの人たちが劇場内に向かっている。

 こちらのチケットはサーカスの公式サイトでeチケットを購入した。2階席で大人1枚1500ルーブル。日本への巡業があり、日本人団員もいるせいか、ロシアのサイトにしては珍しく日本語にも対応しているため、とてもありがたい。




 建物の中に入ると、なんだかとても懐かしい感じがする。親子連れが溢れるロビーのあちこちに、サーカスの歴史のパネル写真や、動物と写真が撮れるふれあいコーナー、ポップコーンやお菓子の売店、メルヘンなロボットオブジェなど、建物もふるいが、良く手入れされているため、子供の頃にタイムスリップしたような不思議な感覚が襲ってきた。今、私は5歳で、ロビーの有料撮影ブースと虎と女性調教師をじっとをみながら、わたしも調教師になれば猛獣を飼うことができるのに、と、いらぬ夢を頭に浮かべているかもしれない。などと思ってしまった。



(ニクーリン氏の銅像)

 今回のチケットを取る際、座席はすでに半分近く埋まっていたため、ベストであろう場所はみんな手遅れだった。それでも、前列の人の頭で悩まないようにと、通路側の席を予約した。柱などの多少の障害はあるが悪くは無い。今日の演目テーマは“おとぎばなし”だそうだ。正面舞台の反対側の上空に、バーバ・ヤガーの家がぶら下がっている。トレチャコフ美術館新館の特別展示とつながるような感じもして期待大。いよいよブザーが鳴り、私の胸も高まる。



 ストーリー仕立てで演目は進み、ときどき道化師達による観客を巻き込んだ軽技コントを挟みながら、空中ブランコ、動物曲芸、手品、アクロバット、ダンス等、どれもこれぞサーカスといった風の古典的なものばかりなのだが、まるで絵本の中から飛び出してきたような、暖かい色合いの可愛らしい衣装に身を包んだパフォーマ達が、次々と繰り出す多数の芸は、洗練されていて非常に高度だ。サーカスとはこんなにも完成された芸術なのかと、瞬きをする間も惜しくなるような2時間半だった。


 そんな楽しいサーカスの最中に気になることがあった。長時間に及ぶ見事なジャグリングを披露していた、ピノキオの姿のジャグラーが登場していたのだが、どうも体系も顔も日本人のように見える。日本のサーカス団員なども、海外で修行を積んだりするという話は聞いていたが、ひょっとするとこの方もかしら?、と、思った。もし、そうでなかったら申し訳ないが、素晴らしいジャグリングを見れたことはとても嬉しい。ピノキオのジャグラーは子供達にとても人気のようで、カーテンコールの際にも、子供達の声に応えてたくさんの笑顔を振りまいていたのが印象的だった。

 



 時刻は夕方の17時前か、人形劇の開幕が18時からなので、いそいで会場へ向かう。

 こちらは、モスクワ州立アカデミックセントラルパペットシアターといい、1931年に創設され、公演はもちろん、人形制作と人材育成、資料の保存や研究などもおこなっている、世界最大規模の人形劇専門劇場だ。ここの劇場も、前回のモスクワ旅行の際に、移動の観光バスの中で通りかかり、次回モスクワへ来るときは、必ずここへ戻ってこようと決めていたところでもあった。




 館内は入口からたくさんの人形達が出迎えてくれる。入口のさらに奥には、ここの人形劇場で使用されていた人形や小道具のほか、世界中の人形劇団が実際に使用していた、たくさんの人形が展示されている博物館がある。あまり広くはない美術館だが、中は人形が展示されているガラスケースの迷路の様になっていて、その数の多さには圧倒される。何より、世界中の人形劇用の人形を誰もがいっぺんに見れる場所は、おそらく、世界中探しても他はないだろう。日本からは文楽人形と、某有名児童向け人形劇団のカッパや小坊主などが飾られていた。






 その中で、とくに目に止まったコーナーがあった。今日、これからみる、“特別なコンサート“という演目の人形やパネルが展示してあるのだが、そのなかで見覚えのあるポスターがあるではないか。桃色の背景に、大きく胸が開いたドレスを着て、大きな口を開けているオペラ歌手らしき女性が描かれたもので、実はこれとほぼ同じものがうちにあるのだ。私が18歳くらいの頃、古本屋でA3サイズほどの大きなソ連時代のポスターを集めた画集を購入し、その中にこのポスターがあったのだ。女性の様子から、オペラのポスターであろうということは理解できていたが、まさかここ、ロシアの人形劇場で再開するとは思わなかった。運命か、帰国後すぐ、そのポスターを切り取って、額に入れて飾ったのである。





 これはますます楽しみだ。階段を上がって最初の踊り場にはピノキオの時計があり、その次の階段の両脇には、兵隊と貴婦人の大きなレリーフが、そして階段を上がった突き当たりには、ガラスでできた大きな女王様のような人形があった。これはからくり時計になっていて、チャイムとともに色々な仕掛けが動くらしいが、うっかりして見過ごしてしまった。ちなみに、建物のシンボルにもなっているオブジェもからくり時計になっており、時間になると鶏の鳴き声とともに、鐘が鳴り、音楽とともにたくさんの窓から人形劇が登場する仕組みなので、入場を予定していない人にも、ぜひ見ていただきたい。



 ロビーにもたくさんの人形やパネルが展示してあり、それらを見ながら、ジュースとシロークで腹ごしらえをすることに。お腹がなっては失礼なのだ。



 劇場内はとても小さいが、人形劇場としてはかなりの規模だ。垂れ幕もこの演目使用だろう、あのオペラの女性の姿もバッチリ絵ががれていた。プログラムを買っていると、続々と人が集まってくる。日本人の感覚だと、人形劇は小さな子供のためのものというイメージが強いが、ここでは大人も子供も関係ないようで、とくにこの演目は、この劇団の代表作で、12歳以上の年齢制限を設けている作品のひとつであるらしく、8割がた大人の満席であった。日本では大人向けの舞台人形劇として文楽があるが、それよりもはるかに気軽に観れる文化があるのは正直うらやましい。チェコなどでも観光用にドン・ジョヴァンニなどを見せる劇場があるが、それよりももっとオープンだろう。



 席を予約する際に、移動のことを考えて、中心列の一番端っこを取ってみた。サーカスの時と同じく、前列先の頭問題はクリアできたが、真後ろでは子供の団体が座りはじめた。しかも、私のすぐ後ろは背が低い子らだ。これではこっちが頭問題の加害者になってしまう、と、ちょっと気を使いながら、幕が上がった。


(自宅で撮影。プログラムと例のポスター。司会者の声は、日本語で吹き替えるのならば、間違いなく熊倉一雄さんで、オペラプリマは向井真理子さんがピッタリだったろうな。)


 中年の司会者と高齢の指揮者の人形が現れ、さも、本物のコンサートが始まるかのように、舞台の中の幕も上がる。演目は、合唱、チェロの独奏、オペラ、アルゼンチンのタンゴ、イタリア人のバリトン、赤ちゃんのピアノ、メキシコのマリアッチ、ジプシーの踊り、フランスのプードルのサーカス、アラブの手品、タップダンス、ライオン使い、フランスの歌姫、ガラクタバンド、デュエット歌手の順に続き、美しい音楽とともに、とても子気味の良いコントやギャグをこれでもかと畳みかけてきて、ものすごく面白い。人形が何かをやるたびに、会場内も拍手や笑い声でいっぱいになる。さも、本物のコンサートが始まるかのように・・・・といったが、これは紛れもない、本物のコンサートだ。


 この演目は、1946年6月19日に初演が公開され、1968年に第二版としてシナリオが構成され直し、現在まで9000回以上演じられ、ギネスブックにも載っているという。昼間のサーカスとまた同じようなことを叫んでしまいそうだが、本当に、あっという間の2時間、これほど高度で素晴らしい人形劇があったであろうか?と、いつまでも拍手を止められない、最高の舞台だった。

 

 私の隣の席には、自分と同じ年齢くらいの男性が座っていたのだが、彼も人形劇のファンなのか、最後まで拍手をしていたうちの1人だった。公演中にお喋りをする子供達や、撮影禁止なのに写真を撮りはじめた前の席のおばさんたちに静かに注意したり、開演前は、人が全て座り終えるまで壁際に立ち、終了後はサッと席を立ってまた邪魔にならないように壁に寄り、立って拍手をしていた。おそらく数えきれないくらい、ここに来ているのだろうな、この人と友達になったら楽しいだろう、などと思いながら、劇場を後にした。



 あたりは暗く、からくり時計もライトアップをしている。たった数時間で、自分が求めていた最高のサーカスと人形劇を楽しむことができた。こんな心から幸せだと感じる1日を過ごせたのはいつぶりだろうか?。


 帰り道、自分のことを考えた。ここ数年、仕事のことについて、かなりもやもやしていた。ずっと生きていくために無理をしてきたような気がしていたが、なかなか壊せない壁があった。だけど、自分の原点を振り返ると、今日、見てきたサーカスや人形劇、そして音楽だった。ずっとぼんやりとしていて、前向きになれなかったけど、頑張ってみようと決心するのであった。



次回、7日目。

『バーバ・ヤガーとドッペルゲンガーにであった~!?の巻』

 へ、つづく。


旅の準備から前日19日、ロシアへいきた~い!の巻

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